AIと旅行業界、近未来とその先に起きること 【第3回】AIはここで活用されている、旅行会社向け事例を分析してみる

written by:INFINI LOOKUP編集部

 前回の記事では旅行客の視点から、チャットボットなど旅行に関連するAI活用事例を見てみました。引き続き今回は、旅行会社の会社内で活用されているAIについて紹介しましょう。また、前回ご紹介した事例も旅行会社の視点から見直し、どのようなメリットがあるか、導入は容易かどうかについて考えてみたいと思います。

■旅行会社や宿泊施設の売上向上を支援するAI

 まずは旅行会社や宿泊施設の立場に立って、具体的な売上向上を図っているAIの活用事例を見てみましょう。ここではかなり細かな「機能」として、従来型のシステムにAI技術が入り込もうとしています。

 たとえばEmotion Intelligenceが開発する「ZenClerk」は、旅行/宿泊サイト上でのユーザー行動をAIエンジンがリアルタイムに分析して、そこから「予約を迷っているユーザー」「“比較疲れ”しているユーザー」を検出するサービスです。同社によると、たとえば旅行先は決まっているが、条件が合わないため検索を繰り返しているユーザーは、予約を迷っている可能性が高いと判断されます。

 AIがこうしたユーザーを検知して、サイトから離脱してしまう前に特別なオファー(割引プランなど)を提示することで、ユーザーを逃さずにコンバージョン率を高めるのが最終的な狙いです。離脱しそうなユーザーだけにピンポイントでオファーする仕組みなので、販促費も抑えられると同社ではアピールしています。

 このシステムは、何度も検索を繰り返している、情報を精査するために何度も上下にスクロールしているといった「ユーザーの行動」がデジタルデータとして取得できるからこそ実現しています。将来的には、同じような判断がチャットや通話にも適用できるようになるかもしれません。

 AIによる需要分析/予測に基づいて、価格設定をダイナミックに(動的に)最適化するシステムも登場しています。

 ベンチャー企業の空(SORA)が開発する「MagicPrice」は、ホテル客室料金の設定をAIが支援するというものです。客室の需要が多ければ価格を上げ、需要が少なければ価格を下げるという作業はこれまで人間の担当者が行ってきたことですが、この作業をAIが代替してくれるわけです。

 

空の「MagicPrice」は、AIの需要予測に基づく客室料金設定支援サービス
空の「MagicPrice」は、AIの需要予測に基づく客室料金設定支援サービス(画像は報道資料より)

 

 具体的には自社における過去の販売傾向や現在の予約状況データ、それにインターネットから収集する競合他社の価格データ、イベント情報などを組み合わせて、AIが最適な料金を分析し、1年先までの設定料金を推奨してくれます。サイトコントローラーと接続して、その料金を直接予約サイトに反映する仕組みもあり、担当者の業務負担を軽減できます。

 こうした「動的価格設定(ダイナミックプライシング)」という手法は、ホテル以外にもたとえば駐車場、イベントチケットなど幅広い分野で注目されています。多様なデータを収集し、分析することで機会損失も無用な安売りも同時に抑えることができるため、“経験と勘”に頼る人間よりも的確な判断が実現するかもしれません。また、AIは24時間働き続け、他のシステムとも連携できますから、販売するものによっては短時間でどんどん価格を変化させていくこともできるでしょう。

■チャットボットやパーソナライズはいくらかかる?

 続いて前回取り上げたチャットボット、客の嗜好に特化した(パーソナライズされた)旅行プランの提案といったシステムについて、旅行会社の視点から見直してみます。

 チャットボットを導入する最大のメリットは、「いつでも、即座に問い合わせに回答できること」です。有人コールセンターの場合、夜間や休日は対応しておらず、逆に昼間の時間帯は電話がつながりにくかったりします。これでは旅行客はうんざりしてしまうでしょう。24時間いつでも、即座に問い合わせへの適切な回答ができれば、それだけ機会損失を減らせるはずです。

 そのほか、ユーザー自身でWebサイト内のページを探したり検索したりすることなく、チャットボットとの対話形式ですぐに情報が得られる点も、機会損失を防ぐためには有益と考えられます。

 また、旅行客からの問い合わせ内容がすべて記録(ログデータ)として残るのも大きなメリットです。このデータを分析することで、旅行客にどんなニーズがあるのか、どんなことがわかりづらいのかという傾向がつかめます。それに基づいて新たな回答を追加すればチャットボットはより“賢く”なりますし、分析結果はWebサイトで提供する情報の改善、さらには新しい商品やサービスの開発にも生かせるでしょう。

 チャットボットは旅行業界に限らず幅広い業界で利用が進んでおり、導入も容易になっています。

 問い合わせ対応(質問応答)のシンプルなチャットボットであれば、さまざまなシステム開発会社が提供している“半既製品”のサービスを使うことで、独自にシステム開発を行わずに導入できます。利用料金は月額数万円~30万円程度が中心で、基本的には質問と回答を登録するだけですぐに使えます。ただし、サービスによって搭載する機能(利用レポート、質問内容分析など)や対応するコミュニケーションツール(Webサイト、LINE、Facebookメッセンジャーなど)の種類などが異なります。無料利用期間を設けているサービスもありますので、実際に試してみるのもよいでしょう。

 パーソナライズされた旅行プランの提案は、もしも実現すれば旅行会社にとっても大きな強みになるはずです。顧客(旅行客)自身が求める内容だけでなく、現地アクティビティなど追加の提案(アップセル)も可能になりますし、何よりも「お得意様」が増やせるはずです。

 ただし、現在のところ旅行会社向けの“既製品”サービスは見当たりません。前回記事でも述べたように“顧客データの欠如”という大きなハードルがあるからです。自社独自でシステム開発をするとなると、その内容にもよりますが、最低でも数千万円の投資は必要になるでしょう。

 すでに、サイト上での個々の顧客の行動履歴や属性などを一元管理するDMP(デジタルマーケティングプラットフォーム)システム、顧客の属性や販売履歴などを一元管理するCRM(顧客情報管理)システムなどが、AIを用いた顧客分析やパーソナライズの機能を搭載していく流れは出てきています。まずはこうしたシステムを導入して顧客データをきちんと蓄えておき、来たるべき時に備えるというのが現実解ではないでしょうか。

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 以上、前回と今回は旅行業界の中でいま、AI技術がどのように活用されているのかを見てきました。もちろん取り上げられた事例はごく一部であり、日進月歩で技術進化が進む領域でもありますから、これからも新たな取り組みが次々と登場してくるはずです。

 ただしすでに触れたとおり、「AI」と言っても魔法の技術ではなく、何でもできるわけではありません。ここまで見てきた事例でも、AI技術が寄与する部分は一部に過ぎず、サービス全体の価値を高めているのはむしろ過去に蓄積してきた膨大なデータ、従来型システムとの連携、そして斬新なビジネスアイデアだったりします。

 “AI”を冠した製品やサービスを見かけたら、そのどこにAI技術が使われているのか、それがどの程度価値を生み出しているのかを一度じっくり観察し、分析してみることで、自社ビジネスにおけるAI適用のヒントがつかめるかもしれません。