AIと旅行業界、近未来とその先に起きること 【第2回】AIはどこで活用されているか? 旅行業界の事例を分析してみる
前回の記事では、現在大きな注目を集めているAI(人工知能)技術がどんなものであるか、また実際に現在のAIでどんなことができるのか/できないのかについて、基本的な部分から大まかにご紹介しました。ただし、それだけではまだ漠然としていて、日々のビジネスのどこにAIが活かせるのか、そのヒントをつかみづらいかもしれません。
そこで、すでに旅行業界で実用化されているAI活用システムにどんなものがあるのかをまとめ、どんなメリットがあるのか、また裏側でどんなAI技術が使われているのかといったことを分析してみましょう。まず今回は旅行客向けのサービスからです。
■すでに実用化され、大きな効果を上げている「チャットボット」
最も実用化が進んでおり、導入件数も多いのが「チャットボット」でのAI活用です。チャットボットとは、チャット形式で人間と対話できるシステム(ロボット=bot)のことで、顧客からの質問や問い合わせに自動回答するサービスとして幅広い業界で取り入れられています。まずは、旅行業界における導入事例をいくつか見てみましょう。
たとえばLCCのPeach Aviation(ピーチ・アビエーション)では、2013年11月から同社のWebサイト上で顧客対応サービスを行う日本語のチャットボットを提供しています。今年1月にはその対応言語を拡大し、同社国際線の就航地に対応する7つの言語(日本語、英語、中国語繁体、中国語簡体、広東語、韓国語、タイ語)での運用も始めています。
Peachではチャットボットの導入効果も公表しています。それによると、およそ1カ月間の試験運用期間中、7言語で約10万件の問い合わせをチャットで受け付け、そのうち87%がAIによる自動応答で回答できたそうです(残り13%は人間のオペレーターが対応)。
またリクルートライフスタイルでは、同社の「じゃらんnet」に情報掲載する宿泊施設向けのオプションサービスとして「トリップAIコンシェルジュ」を提供しています。これは、「駅からの送迎はありますか?」「近くのおすすめ観光スポットは?」といったよくある質問に自動回答するチャットボットで、じゃらんnetの予約完了画面や宿泊施設のWebサイトに掲載されています。
導入効果の一例として、このトリップAIコンシェルジュを導入したホテル日航成田では、28日間(2017年12月~2018年1月)で407件の利用があったことを発表しています。
特定の商業施設を対象に、チャットボットで案内を行う例も出てきています。たとえばJR東日本は東京駅で、また成田国際空港は同空港で、それぞれ訪日旅行客向けの施設案内チャットボットを提供しています。
チャットボットの進化形として、「Amazon Echo」などのスマートスピーカーへの対応を進める企業もあります。テキストの代わりに音声で質問/回答するチャットボット、と考えればよいでしょう。
たとえばANAでは、特定のフライトの運航状況、出発予定時刻などを教えてくれるAlexaスキル(Amazon Echo用のアプリのようなもの)を、またJTBでは、宿泊施設の空室状況やレジャー施設チケットを検索できるAlexaスキルを提供しています。JTBの場合は、検索で見つけた宿泊施設やレジャー施設のチケットの情報をユーザーにメールする機能も備えており、そこから予約Webサイトに誘導しています。
スマートスピーカーは家庭の中に設置され、日常的に使われるものですから、ユーザーがアクションを起こすハードルを引き下げてくれます。また、ANAやJTBの例のように他のシステム(運航情報システム、宿泊施設検索システム)と連携させることで、あらかじめ登録された回答だけでなく、リアルタイムな情報提供も可能になります。
スマートスピーカーの面白い活用法としては、米国の一部ホテルで導入されているルームサービスへの対応があります。客室に設置されたスマートスピーカーがホテルのシステムと連携しており、宿泊客はわざわざフロントに電話をかけることなく、スマートスピーカー経由でルームサービスをリクエストできます。同時に施設やサービスの案内、周辺スポット案内などもできますから、各部屋に“コンシェルジュ”を置くようなものですね。
さて、チャットボットの裏側ではどんなAI技術が活用されているのでしょうか。実際にはさまざまな技術が盛り込まれていますが、前回記事でも触れたように、その中核をなすのは「言語理解(意図の理解)」と言えるでしょう。
問い合わせへの自動応答をするチャットボットの場合、あらかじめ「質問」と「回答」を登録しておくわけですが、ユーザーからの質問がそれと一言一句一致するとはかぎりません。そこで、AIがユーザーのあいまいな質問文から「意図」を推測し、登録されている質問(の意図)と照合して回答を行います。トリップAIコンシェルジュのように、ユーザーの質問に対して「質問の意図はこういうことですか?」と確認を求めるチャットボットもあります。
■個々人の嗜好に応じた「旅行のパーソナライズ」を実現するには
旅行客個々人のニーズや嗜好に応じて旅行先や旅行プランを提案したり、旅先の現地でおすすめの観光スポットを提案したりするサービスも、AIの活用が期待されている分野です。これもまずは事例を見てみましょう。
たとえば「goo旅行」では、まだ旅行先が決まっていないユーザーに対して、AIが旅選びをサポートするサービスを提供しています。“AIオシエル”というキャラクターのチャットボットが対話形式でユーザーの「気分」を聞き取り、旅行先(観光スポット)を提案するというコンセプトです。
ためしに筆者が「もやもやしている」と入力してみたところ、「その気分を晴らしに、混浴温泉の旅はいかがですか?」と数カ所の温泉がオススメされ、周辺観光スポットや宿泊施設も案内してくれました。率直に言えばまだまだ実験的なサービスではありますが、「なんとなく旅に行きたい」段階の見込み客にいち早くアプローチし、行動を促すという発想自体は面白いと思います。
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今回は旅行者側の視点で、現在出てきているAI活用事例をご紹介しました。ではこれを旅行会社の側から見るとどうなるでしょうか。次回は旅行会社や宿泊視点の視点で、今回ご紹介したAIシステムの導入難易度やコスト、さらに企業内部でのAI活用事例などをご紹介したいと思います。
一方で、すでに旅行先が決まっている旅行客に対して、パーソナライズされた観光プランを提案するモバイルアプリ「Google Trips」です。
Google Tripsに旅行先の都市や、必ず訪れたいスポットを登録すると、各スポットの営業時間や平均滞在時間、移動時間などもふまえながら、1日(もしくは半日)ぶんの具体的な観光プランをマップ上で提案してくれます。プランが気に入らない場合はワンタップすれば、別のスポットを追加したプランが再提案されます。
グーグルがGoogle Tripsを提供できる背景には、「Google Maps」で蓄積してきた膨大な観光スポットや店舗のデータがあります。各スポットの人気度(「家族連れに人気」といった分類まであります)、行ける曜日や時間帯、屋内/屋外といったデータがすでに登録されており、交通機関のデータを基にスポット間の移動時間も算出できますから、AIがこれらを組み立てて最適なプランを導き出せるわけです。
また、アプリとGmailを連携させれば、Gmailで受け取った航空券やホテル、レストラン、レンタカーなどの予約確認メールから旅行先や日程を推測し、自動的に登録します。メールの内容もAIが分析し、たとえば航空券ならば便名、出発/到着時刻、予約番号、座席まで自動的に登録してくれます。ここまで来ると少し怖いような気もしますが、旅行に関するあらゆる情報がこのアプリに自動的に集まるので、便利なのは間違いないでしょう。
今年2月にJTB、ナビタイムジャパン、日本マイクロソフトの3社が発表した「JAPAN Trip Navigator」というモバイルアプリもあります。こちらは訪日旅行客をターゲットとした日本国内の観光アプリで、JTBのるるぶが厳選した「100通り以上の観光モデルプラン」「3600件以上の観光スポット情報」(いずれも発表時点の件数)を提供するというものです。またナビタイムの訪日旅行客向けアプリと連携し、移動経路のナビゲーションやホテル予約なども可能になっています。
モデルプランはあらかじめ登録されているものが利用できるだけのようですが、ユニークな点はチャットボットを内蔵している点です。チャットボットと対話形式でおすすめのスポット/プランを検索したり、日本を旅するうえでのさまざまな疑問に回答したりすることができます。言葉ではなく画像をアップロードすると、AIが画像を分析して、たとえばその観光スポットに関する詳しい情報を教えてくれるような機能もあります。
「JAPAN Trip Navigator」アプリ。チャットボットを内蔵しており、対話形式でプランを検索したり日本国内の旅行について質問ができる。AIの画像認識を使った機能もある
いくつかの例を見てきましたが、いずれも理想としている最終形は、AIが個々人に最適な旅行プランを提案してくれる「旅行のパーソナライズ」ではないでしょうか。しかし、どれもまだごく部分的な達成にとどまっており(それはそれで役に立つのですが)、その理想が完全に達成されるのはずっと先の話になると思われます。それはAI技術の問題というよりも、むしろ個人の趣味嗜好や行動パターンといった“顧客データの欠如”に関わる問題だからです。
その相手のことをよく知らなければ、最適な提案ができないのはAIに限らず自明のことです。しかしこの「相手をよく知る」こと、つまりデータを集めることは簡単ではありません。チャットボットと一言二言やり取りするだけでは、十分なデータとは言えないからです。もしかすると、「旅行を計画する」という限られたタイミングで収集できるデータだけでは不十分なのかもしれません。
仮に、個人のもっと日常生活から十分なデータが集められれば、そこから趣味嗜好や行動パターンを分析し、提案に生かすことが可能になるでしょう。SNSへの書き込み、過去の旅行や買い物、食事の履歴、読んだ本や見た映画、好きなスポーツ、健康状態まで(挙げていけばキリがありませんが)、多様かつ膨大なデータからパーソナライズされた旅行プランを提案する、というわけです。