AIと旅行業界、近未来とその先に起ること【第1回】”AI”とは結局なんですか?基本から理解する|特集

written by:INFINI LOOKUP編集部

 いま「AI(人工知能)」のビジネス活用に大きな注目が集まっています。ただ、AIという概念がかなり漠然としていて、その実態がつかみづらいのも事実でしょう。AIで何ができるのか、何ができないのかを理解しなければ、どんな業務に適用できるのかもはっきりしません。

 そこで今回は、WebアプリケーションやAIを活用したシステムの開発などを手がけるアイアクトで人工知能・コグニティブソリューション担当を務める西原中也さんにお相手いただき、「AIとは何か」という基本から、従来のコンピューターシステムとの違いや強み、どういう業務が“AI向き”なのかを、ざっくりと聞いてみました。

西原中也写真
西原中也
20数年続くWeb制作の老舗会社、株式会社アイアクトにて2016年3月より人工知能事業を担当して2年半。AI / Watson導入のコンサルティングなどをつとめる。

AIは「ただのシステム」である

――今日はよろしくお願いします。ところでいま大流行している「AI」って、結局のところ何なのですか。なるべく簡単に、ひとことで教えてください。

西原:いきなり「ひとことで」ですか……(笑)。AIそのものはものすごく幅広い概念なので、いま実用化されているAIに絞ってお話します。よくセミナーなどでお伝えしているのは、「AIはただのシステムですよ」ということ。はい、AIはただのシステムです。

――えっ、これまでのコンピューターシステムと同じなんですか?

西原:根っこの部分では同じです。もちろんAIならではの違いもあって、「今まで作れなかったようなロジック(論理)を作り、使える」点です。この特徴から「このデータはこのパターン(グループ)に分類できる」とか「このデータはこれからこう変化すると推測できる」といったシステムを作るのが簡単になります。

――たしかに、AIを使ってたくさんの動物写真から「ネコ」の写真だけを分類できるシステムをニュースで見たことがあります。ただ、「今まで作れなかったロジック」とは……? そこをもう少し詳しく。

西原:コンピューターは巨大な計算機ですから、何らかのロジックを使って入力されたデータを演算し、答えのデータを出力するという動きが基本です。この「ロジック」とは計算式のようなものです。そして、ここはAIを取り入れたシステムでも変わりません。

 ただし、従来のシステムではこのロジックを人間が作る必要がありました。単純なロジックならば人間でも作れるのですが、あいまいな問いに答えを出すロジックは難しい。「テスト結果が80点以上の人は合格と判定する」システムは簡単に作れますが、「写真の動物がネコかどうかを分類する」システムは非常に難しいわけです。

――たしかにテストの点数は数字だから簡単ですが、「ネコかどうか」ってどうコンピューターに教えてあげればいいのやら……。

西原:難しいですよね。今までは“お絵かき歌”のようなかたちで、ネコの顔の特徴を人間が考え、プログラムに書こうとしていました。「三角の耳があって、丸い目があって……」という具合ですね。ただしこれだと、たとえば写真がネコの横顔だったらまた別の“お絵かき歌”が必要になります。さらに、似た顔を持つイヌなどとの区別を表現するのも大変です。

 AIエンジンは、あらかじめ用意された大量のネコ写真を与えると、統計的な計算を発展させた計算でネコの特徴、つまり“お絵かき歌”を自分で見つけてくれます。大量のネコ画像に共通するところを探して、「丸い円の上に三角が2つある」といった特徴を導くのです。さらにネコ以外の写真も与えることで、ネコとイヌの異なる特徴も発見します。こうした処理が極めて迅速にできるので、今まで人間が書くプログラムでは表現できなかったシステムが開発できるようになるのです。

 もっとも、AIはシステムを構成する“一機能”にすぎません。AIを採用したシステムといっても、大部分は従来型の方法で人間が設計し、プログラムを開発しているのです。そこにAIだけが作れる複雑なロジックを組み込むことで、これまでのシステムが苦手だった、できなかった部分を補っているイメージですね。

単純なロジックで処理できないことを統計的手法で処理する

――AIはシステムの一機能だというのはわかったのですが、「統計」というのは、うーん、まだちょっとピンとこないかも。昔から数学は苦手でして……。

西原:具体的な例で考えてみましょうか。この表は、ある商品を販売した際の「宣伝費用」と「売上高」の関係を示しています。さて、1200万円を売り上げるための宣伝費用「???」はいくらになるでしょうか。

宣伝費用 売上
100万円 300万円
200万円 600万円
???万円 1200万円
【「宣伝費用」と「売上高」の関係】

――算数のテストみたいですが、えーと「400万円」です。

西原:そうですね。この表では、すべての場合で「売上高は宣伝費用の3倍になる」という法則が成り立ってます。もしもそういう法則が明らかであれば、「目標の売上高を入力すれば、かけるべき宣伝費用を答えてくれるシステム」のロジックは簡単に作れます。3で割るだけですから。

 でも現実世界はそんなに単純じゃありませんよね。宣伝費用と正比例して売上高が伸びるわけではない。現実の数字は、たとえばこんな感じになるでしょう。これだと「???」はいくらになりますか。

宣伝費用 売上
50万円 320万円
27万円 150万円
102万円 680万円
68万円 410万円
???万円 500万円
【実際の「宣伝費用」と「売上高」の関係】

――えー……わかりません(笑)。いきなり難しくなりましたね。

西原:こちらも「宣伝費用をかければ売上高が上がる」というざっくりとした傾向はあるのですが、「宣伝費用の3倍」のような単純な法則が成り立っているわけではないので難しい。実はこの表にある宣伝費用と売上高の組み合わせ、すべてにぴったり当てはまる法則はないんです。でもそれが現実ですよね。

――たしかに。世の中、そんな単純ではないです。

西原:つまり、単純なロジックで表せないことが世の中にはたくさんある。ところが、ここで統計的な手法を使えば、大まかな「傾向」を読み取って答えを計算することができるんです。このグラフを見てください。

記事イメージ
【傾向でみる「宣伝費用」と「売上高」の関係】

 グラフに打たれたドット1つ1つが宣伝費と売上高で、それぞれのドットから最も近い「全体の大まかな傾向」を表すのがこの直線です。各ドットと線が少しずれていることからわかるように、すべてにぴったり当てはまるわけではないのですが、統計的に「だいたいこういう傾向がある」とは言える。そしてこの線を引くと、先ほどの答えも「80万円くらい」だと推測できます(正確には77万5195円)。

――おぉなるほど。目標売上の数字から「このくらい宣伝費用に使えばよさそうだな」と推測できるようになりました。

西原:もちろん80万円使っても、実際の売上高は500万円ぴったりにはならないでしょう。ただし大きくは違わないはずなので、宣伝予算を立てる目的ならば十分です。そして、この直線を表す計算式さえわかれば、適正な宣伝費用を算出するプログラムが書けます。

 さて、この例はまだ単純なので「傾向」が直線で表せましたが、現実はもっともっと複雑です。たとえば宣伝費用がある一定ラインを超えると、売上が急に伸びるような傾向があるかもしれない。そうなるとこの「傾向」は、直線よりも二次曲線、三次曲線……と複雑なもので表したほうが、より現実に近いものになります。当然、計算式も二次関数、三次関数……とだんだん複雑になって、人間が考えるのは困難になる。だから、AIエンジンにそれを探させるのです。

身の回りにあるAI技術とはどんなものか

――AIができることのイメージがかなりつかめてきました。ところで、AIってすでに身の回りの製品やサービスにも入ってるんでしょうか?

西原:たとえばメールソフトの迷惑メールフィルタですね。従来型の技術だと「このアドレスから届いたら」「本文にこのキーワードが含まれたら」迷惑メール、というかたちでしか判断できませんでした。それだと簡単にすり抜けられてしまいます。ここに統計的な手法を組み込むことで、「メールアドレスがこういう構成ならば」とか「本文の書き方がこうなっていたら」など、あいまいなパターンに基づいて“迷惑メールらしさ”を計算できるようになり、高い精度で迷惑メールを弾けます。

 オンラインショッピングサイトが商品をオススメしてくるレコメンドエンジンも、たくさんのユーザーが買い物する傾向を学習してオススメしているわけですから、AIに近い仕組みだと思います。

 ほかには最近話題の自動運転車もそうです。あれは人間が運転した膨大なデータをAIが学習したうえで、標識や信号、ほかの車、歩行者、車線など周囲の状況を「総合的に」判断して、アクセルやブレーキ、ハンドルを操作しているわけです。現実の道路上で100%同じ状況が起きることはありえないので、AIが得意とする総合的な判断能力が必要なんですね。

――AIを「人工知能」と言われると、どうしてもPepperとかSiriみたいな何かロボットっぽい、擬人化されたものをイメージしてしまいます……。これってだいぶズレてますか?

西原:ははは。そういう擬人化されたものは、実際にはいくつかのAI技術と従来型技術を組み合わせて、知能がある存在のように見せかけているだけです。なので、PepperやSiriの「全体」がAIで出来ていると思い込んでしまうと、むしろ誤解の原因になるでしょうね。

 PepperやSiriが何か質問されて返答するシーンを考えてみましょう。このとき人工的な「耳」が音声認識、「脳」が言語理解と回答作成、「口」が音声合成という技術なのですが、このうちAI技術と言えるのは音声認識と言語理解だけです。

 話しかける人によって声質や発声に違いはありますが、音声波形の大まかなパターンに基づいてその言葉をテキスト化してくれる、これが音声認識技術です。このテキストデータを読み込んで、話しかけられている内容は何か、その言葉がどんな意図なのかを判断するのが言語理解です。

 言葉の「意図」を理解できる能力はとても重要です。たとえば「明日の気温を教えて」でも「土曜日の温度は?」でも「20日は暑いかな?」でも、言い回しは違いますが「明日の気温が知りたい」という人間側の意図はすべて同じですよね。

――意図が伝わらないと、こっちが言い回しを変えて何度も質問しないといけないわけですよね。すごくイライラしそう。

西原:逆に言えば、どんな言い回しをしても意図を理解してくれるからこそ、AIに“人間っぽい知能”を感じるわけです。ここも、あいまいなパターンを認識できるAIの強みがよく出ている部分ですね。

 ところがPepperやSiriが返答する内容、つまり回答作成の部分は、現在のところあらかじめ人間が用意してやらないといけません。AIがそのつど回答を「考えて」いるわけではないからです。

――へぇ! それは意外です。

西原:AIチャットボットの設定画面をお見せしますが(と見せる)、回答の設定欄がありますよね。意図が共通する質問文をいくつか登録して、それに対応する(1つの)回答文を書く。これでチャットボットが自動回答できるようになります。ちなみに、意図に応じて回答するので、ここに登録した質問文どおりの質問でなくても、きちんと意図を理解して回答できますよ。

記事イメージ
【AIチャットボットの設定画面】

“AI向き”の業務とはこんなもの

――さて、今回の記事の大きなテーマは「AIをどう業務やビジネスに取り入れればよいか」ということなんです。今までのお話で、何でもかんでもAIに向いてるわけではないというのはわかりましたが、では“AI向き”の業務ってどんなものなんでしょう。

西原:AIは従来型システムと補完関係にあるとお話ししましたよね。なので、まずは「これまではシステム化できなかった業務」を探してみるとよいと思います。従来型システムで作るのは難しく、人間がやるしかなかった業務に“AI向き”が潜んでいる可能性があります。

 あとベテラン職人さんの“勘”の話をしましたが、これまで人間が長年の経験でしか培えなかったような、あいまいなパターンに基づく判断もAI向きでしょう。たとえば「ハンマーで壁を叩いて、その音で内部のひび割れを見つける」「農作物が収穫時期になったかどうか判断する」みたいな業務ですね。

 ただし「投資対効果」も考えなくてはなりません。システム開発にはコストがかかりますから、何でもかんでもAI化すればいいわけではない。繰り返し発生する業務で、現在はある種のパターンに基づいて人間が判断しているような業務ならば、そのハードルをクリアできる可能性があります。

――投資しても得られるリターンが少ないならば、引き続き人間がやるほうが早くて安くて合理的だと。

西原:投資対効果が良いかたちとしてAIと人間が協力する、バランスよく住み分けるというものもあります。

 たとえば、お客様からの問い合わせに応答するチャットボットを作るときに「100%AIに回答させる」ことにこだわると、膨大な数の質問例と回答を登録しなければなりません。これを「よく聞かれる質問だけAIが回答して、それ以外は人間が回答する」という発想に切り替えれば、開発期間もコストも大幅にカットできます。ある企業では、2000問程度のFAQ(よくある質問)のうち20問程度だけをAIで自動回答するようにした結果、コールセンターへの入電件数を約30%削減できたそうです。

――1%をAI化して30%効率化、すごいですね。ところで、表現が難しいのですが“既製品のAIシステム”のようなものはありますか? 買ってきてすぐ業務に使える、みたいな……。

西原:既製品はないと考えてください。チャットボットでは一部、「ホテル業専用」などあらかじめ業種を絞り込んだ既製品に近いものも出てきていますが、それでも回答の設定など多少は作り込みが必要です。

 また、IBMやグーグル、マイクロソフト、AWSといったクラウドサービス事業者が、クラウド上でAIプラットフォームを提供しており、これらはひととおりのAIパーツを揃えています。ただし、最終的にはユーザーが「どう使いたいか」に応じてAIの学習を行い、設定もしたうえで、パーツ群をアプリケーションとして組み合わせる開発が必要になります。

――なるほど。やはり時間とコストはかかるわけですね。

西原:セミナーでも「いくらくらいかかりますか?」という質問がよくあるのですが、率直に言ってピンキリです。

 たとえばトマトをカメラの前に置いて、色や大きさから「収穫時期に来ているかどうか」をAIに判断させるのはそれほど難しくありませんし、さほどコストもかからない。しかしそれを実際の業務に組み込もうとすると、途端にハードルが上がります。ビニールハウスで成っているトマトを1個1個撮影するにはカメラの移動装置が必要ですし、葉っぱの影に隠れてうまく写せないトマトもあるかもしれない。一気に課題が増えるので、コストも一気に跳ね上がるでしょう。

 導入コストを抑えるために、場合によっては従来の業務プロセスそのものを見直して“AI向き”に作り替える必要が出てくるかもしれません。そうしたことも含めて、業務のAI化を検討していくことになるでしょう。