航空券流通に数十年ぶりの大きな変革をもたらすとも言われる「NDC(New Distribution Capability)」。NDCをめぐる動きはここ数年加速しつつあり、旅行業界でもNDCへの対応を検討すべき時は近づいているようです。
では現実に、NDCは旅行業界のビジネスにどんな変化、インパクトをもたらすのでしょうか。旅行会社はどのように対応していけばいいのでしょうか。
まず第1回目の今回は「NDCとは何か」、NDCの基礎知識と、NDCの策定によって航空業界が目指した世界をわかりやすくまとめてみます。
なぜ航空会社はNDCを必要とした? 3つの「狙い」
NDCは、航空会社の業界団体であるIATA(国際航空運送協会)が策定した、航空券流通データの新しい標準規格です。具体的には航空券の検索や、予約/決済/発券/変更などの処理を行う際に、航空会社のシステムと旅行会社のシステムとの間でやり取りする「データの形式(書き方やデータ項目)」を定義しています。
IATAも強調していますが、NDCは新しいシステムやサービスではありません。航空業界/旅行業界の会社どうしが、航空券流通に関するデータをお互いに支障なくやり取りできるように、新たな“共通言語”を決めたようなものだと言えます。また、NDCをいつ、どのように取り入れていくのかは航空会社ごとの判断に任されており、現在のところその取り組みはまちまちです。
ところで航空券流通の世界では何十年も前から、世界中の航空会社と旅行会社をつなぐ共通システムとしてGDS(Global Distribution System)が使われてきました。IATAによると、現在でも航空券のおよそ6割はGDS/旅行会社経由で販売されています。なぜ、NDCという新たな規格を作る必要があったのでしょうか。そこには大きく「3つの狙い」があると考えられます。
【狙い:1】航空券流通のコスト削減
理由のひとつは、航空券の流通にまつわる「コスト」です。
旅行会社がGDS経由で航空券を手配すると、航空会社ではその都度、GDSのシステム使用料を支払わなければなりません。GDSの登場以前は各航空会社がそれぞれ独自の発券システムを構築/提供しており、その提供コストと比べればGDSの使用料は割安でした。しかし、時代の経過とテクノロジーの進化、さらに航空業界における価格競争の激化を背景として、大手航空会社では年間で数十億~数百億円規模にもなるというGDSコストに厳しい目が向けられることになったのです。
NDCが普及すれば、航空会社はGDSを介さずに直接旅行会社に航空券を販売することができ、GDSコストが削減できます。NDCプロジェクトが始まった当初は、さまざまなIATA幹部が現状のGDSコストに対する不満や、NDCによるGDSコスト削減という目標を公言していました。したがってこれが、IATAがNDCを策定した(当初の)理由の1つめです。
【狙い:2】アンシラリーサービスの販売強化
また、航空会社がアンシラリーサービス(航空券以外の付加サービス)の販売をより強化していきたいという理由もありました。ここにはLCC(格安航空会社)の台頭という市場動向も大きく影響しています。
現在の航空会社は、収益力を高めるためにさまざまなアンシラリーサービスを開発、販売をしています。たとえば空港のラウンジサービス、追加手荷物、機内での座席アップグレード、Wi-Fi インターネット、さらにホテルやレンタカーの予約代行など、航空会社はあの手この手で航空券以外の販売収益を高めようと努力しています。
ある調査会社(米国IdeaWorksCompany)の推計によると、全世界の航空会社における2017年のアンシラリーサービス売上額は前年比で22%増、2010年の約3倍にあたる822億ドル(約9兆円)規模に達しています。これは「乗客1人あたり平均20ドル強」の付加サービスを販売している計算になります。
既存の航空会社としてはアンシラリーサービスのラインアップをさらに拡充し、この動きを加速させたいわけですが、その中でGDSの機能に不満を感じる航空会社もありました。
GDSはもともと航空券を予約/発券するために設計されたシステムであり、提供できるのは主にテキストデータ(文字情報)です。現在のGDSはアンシラリーの販売にも対応していますが、航空会社が提供するすべてのアンシラリーサービスを扱えるわけではなく、新規サービスメニューを開発してもGDSへの追加には時間がかかります。加えて、写真やビデオといったリッチコンテンツが提供できないので、たとえば「空港ラウンジの快適さ」「アップグレード座席の広さ」といったサービスの魅力を一目瞭然にはアピールできないのです。
市場におけるLCCの台頭という脅威もあります。LCCでは、それまでの航空会社(フルサービスキャリア)が基本運賃に含むかたちで提供してきたさまざまなサービスをそぎ落とし、“別売り”にして低運賃を実現しています。その結果、特に「価格の安い順」で表示されるオンライン販売(OTA)などではLCCが目に止まりやすく、有利になってしまいます。既存の航空会社としては、割高に見えても実はさまざまなサービスが含まれている「価値」をアピールしたいところですが、上述したGDSの現状ではそれもままならないのです。
NDCでは、航空券の情報と一緒に、航空会社から多様なアンシラリーサービスの情報を提供できるようになります。写真やビデオのリッチコンテンツも扱えますから、サービスの魅力も十分に伝えられるでしょう。これがNDCの2つめの狙いです。
「パーソナライズされた提案」の狙いも
さらに航空会社には、NDCを通じて個々の旅行客に対する「パーソナライズ」を実現したいという思惑もあります。
【狙い:3】顧客情報に基づくサービス提案
GDSの場合、旅行会社は航空会社が事前に外部の(GDSの)データベースに登録した空席情報や運賃情報を検索し、航空券の手配業務を進めます。そして、航空会社が旅行客の情報を入手できるのは「予約完了後」です。たとえば、航空券を探しているのが“上得意”の会員客やアンシラリーサービスをよく利用する客だったとしても、予約が終わるまではわからないので、航空会社から個々の旅行客にパーソナライズした特別な提案を予約が完了する前から提示することはできませんでした。
一方で、NDCを採用するシステムでは、航空券を検索する段階から航空会社のシステムにアクセスするかたちとなります。そのため、たとえばあらかじめ旅行客にマイレージ番号を入力してもらい、“上得意”であれば他社よりも有利な特典料金を提示する、その客がいつも利用しているアンシラリーサービスを一緒に提案/販売するといったことも可能になるわけです。こうしたパーソナライズによる顧客ロイヤルティの向上も、NDCで航空会社が狙うところだと言えます。
ここまで見てきたように、IATAでは航空会社が抱えているいくつもの課題を解決するためにNDCを策定しました。ただし繰り返しになりますが、NDCをいつ、どのように自社サービスに組み込んでいくのかは各航空会社の戦略次第です。また、当然ながら旅行会社側にもNDC(に対応した新しいシステム)のメリットを享受できる収入モデルが提示された上でシステムが普及しなければ、ここまで述べてきたような新しいサービスは実現できません。そこにはこれまでGDSが培ってきたビジネスモデルが必要とされ続ける余地もありそうです。
以上、今回はまず、航空業界がNDCを策定した「狙い」について見てきました。続く次回は、NDCとは具体的にどんなものなのかを、技術的側面や従来のGDSとの違いなどもふまえながら掘り下げてみたいと思います。